神経を言葉に集中させていると、日常生活の様々な場面で名言に出会える、とは前回のブログで少し話した。それは本当で、何も名言集など買わなくても意識さえ集中すれば、何気ない会話や映画のワンシーン、トイレの落書きにまで名言や名台詞は転がっているものなのだ。
先日、ダイエットのために通っているプールの更衣室で小学校低学年くらいの女の子二人がおしゃべりをしているのを、自分も着替えながら何気なく聞いていた。そしてその一人の子が放った一言に、私はドキッとした。
「死ぬって一番大切なことなんだよ。」
無垢な女の子の口からまさかこんな深い意味合いを含んだ台詞がが出てくるとは思わなかった。するとその子はすぐ、
「あっ、間違った。命だ。命が一番大切なんだ。」
と言い直した。ああ、やっぱりそうか、とほっとしながらもちょっと残念な気持ちにもなった。彼女達はゲームの「たまごっち」の話をしており、その中のキャラクターが「私は命よりもドライヤーが大事なのよ」と言ったらしい。女の子二人は、その言葉に対して
「命が一番大事なんだよ。ドライヤーの方が大事なんて、バカだよね~。」
と言っていたのだ。子どもに命よりドライヤーが大事などと言うキャラクターの存在に疑問を感じながらも、なんともほほえましい風景だと見ていた。そして、女の子の言葉、「死が一番大事」というのは、間違いとはいえ名台詞になるだろう。人間いつかは死ぬ。けれどそれは、一生懸命生きるための大事な要素なのだ。それなのに、その終わりを意識せずのうのうと生きている自分にその一言は突き刺さった。死を意識していないわけではないが、少なくともあの時、プールでのんびり着替えをしていた自分にはその意識はなかったのだ。たかが着替えで死を意識する必要はないのだが、あの女の子のおかげで確かにその後、自分は死を意識して生きなければと、自分の気を引き締めるきっかけになったのは事実だ。こんな幼い子達の会話からでも、名言は生まれるものなのだなぁ、と改めて言葉探しの範囲の広さ、醍醐味を知った。
寺山修司『ポケットに名言を』の第2章に出てくる名台詞でも、生と死に関して深い意味を持ったものがある。フェデリコ・フェリーニの映画、『甘い生活』の中でスタイナー(アラン・キュイ)が言った台詞だ。
「ときどき、夜中にこの静かさが私にのしかかってくる。平和ってなんて恐ろしいんだろう。」
この一言だけでは一体何の意味を持つのかわからないが、その後の寺山修司の解説で思わず考えさせられる言葉になる。
スタイナーは幸福なパパであり、いつもサロンに友人達を集めて雑談している。外はひどい嵐なのに、マンション・アパートの中のスタイナーの部屋だけは平穏で無事である。友人のイリスの「塔高すぎて地上の声とどかず・・・」という詩の朗読の後でスタイナーがテープレコーダーに吹き込んだ自然の声を流す。それは鳥の声と森の音である。メカニズムにとりかこまれて、何年もほんものの鳥の声を聞いたことのない都会人たちは、しんとなってその音に耳をすます。-略-翌日、スタイナーはピストル二発で子どもを殺し、その後で自殺する。その理由は誰にもわからない、と刑事は言うが、それが「平和」のせいだということが観客にはわかるのである。
スタイナーの名台詞は、スタイナー達が鳥の声に耳をすませている時に発せられたものだ。この台詞の後、彼は平和を捨て、死を選ぶ。この映画がいつの時代の設定なのかはわからないが、なんだか近い未来の私達のように見えないだろうか。戦争反対を叫び、急激な科学や技術の進歩を遂げ、やっと手に入れたはずの「平和」な世の中が、最も生の喜びを感じられない世の中だった。なんとも皮肉な結末だ。すべてが平穏無事な毎日の中で、唯一の出口は「死」だけ。もしこの「死」がなかったら、スタイナーに残された道は自身が壊れてしまうしかない。ここでも私は、やはり生を充実させるためには死が必要なのだという事に気付くのだ。
平和であることだけが良い人生を送る秘訣ではないと、この映画で認識できたが、ではどうすれば死を自ら選ぶことなく、自分の人生を充実させることができるのだろうか。これにも寺山修司はある台詞と一人の娼婦によって一つの道を提示してくれている。
「昔、パリ音楽院の学生だったの。一流のピアニストを目指して・・・ショパン・・・ドビッシー。初めてのリサイタルの夜、ピアノの蓋が手に落ちてきて、指が三本だめになって・・・夢が壊れたわ。あとは私と、この犬さえ食べていくのに、やっとでした。」
これは映画『あなただけ今晩は』の台詞だ。なんとも不幸な女性のエピソードか、と思った。すると・・・
この涙のセリフ。実は真っ赤な嘘なのである。シャリー・マクレーン演じるところの娼婦イルマは、こんな口からでまかせを言っては男から札束を巻き上げる。また、その舌の根もかわかぬうちに今度は-略-他の男から札束を巻き上げる。そのくせ、すぐに自分のついたウソをけろりと忘れてしまうというあざやかさである。「どうせ私をだますなら、死ぬまでだましてほしかった」と歌うわが国のヒロインの執念深さにくらべ、私はイルマのあっさりした性格がとても好きであった。-略-わが国では、売春婦というとすぐに「人身売買」のように暗いイメージを持つ向きがあるが、イルマには「月を眺めて目に涙」式の悲惨さが少しもない。
人生、楽しんだもの勝ち。どんな人生も、幸か不幸かは本人次第なのだ。娼婦という人生を潔く生きるイルマに、私もうらやましさを感じる。逆に女性に限らず、被害妄想が強く人生の幸、不幸は周りの状況に左右せられると考える日本人は多い。私も最近不満を口にすることが多い。もっと潔く人生を生きていないと、死が近づいた時に後悔するかもしれない。生き方について真剣に考えないといけないと、今日の名言を振り返って一人反省した秋の夜長だった。
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