Sunday, September 18, 2011

言葉を友人に持とう

寺山修司の『ポケットに名言を』という本を開くと、いきなり出会ってしまった。もうそこには、拾いきれないほどの名言が溢れていた。
「言葉を友人に持とう」
この本の第一章のタイトルである。私にとっては、このタイトルさえもすでに名言だ。このたった一言で、それまで自分が持っていた言葉の概念が崩れていくのがわかった。その章で寺山修司は、「言葉とは何か」について語っている。今まで考えたこともないようなテーマなのに、私はそれでも「確かにそうだ。」と共感してしまい、ついには「言葉ともっと親しくなりたい。」と思い始めてしまった。

-言葉を友人に持ちたいと思うことがある。 それは、旅路の途中でじぶんがたった一人だと言うことに気がついた時にである。 たしかに言葉の肩をたたくことはできないし、言葉と握手することもできない。だが、言葉に言いようのない、旧友のなつかしさがあるものである。-

寺山修司は「言葉の錬金術師」と言われるほど言葉巧みな詩人であり、作家であり、歌人であり映画監督でもあり実に多才な人物である。代表作は『書を捨てよ、町へ出よう』や『田園に死す』などだろうか。それら有名な作品を読んだことはないが、それでもこの『ポケットに名言を』を読むだけでも、言葉の錬金術師の術の素晴らしさはわかる。彼の言葉は単純でわかりやすく、頭の中でもやもやとしていたものがすっきり解消されるような効能があるみたいだ。はっきりとそう口にするわけでもないのに、はっきりと口にするよりも伝わる。少し懐かしい、けれど新しい彼の文章を読んでいると、まるで白黒映画を観ているような、それとも過去の偉人たちの哲学的な詩集を読んでいるかのような、昔懐かしい気持ちがじわじわとこみ上げてくる。

私がこの本をいつ買ったのかはよく覚えていない。少なくとも5年以上前で、私が大学に入学したての頃だと思う。買うきっかけも、寺山修司が好きだったとか、そういうのではなく、ただ表紙のかわいさと本の薄さに読みやすさを感じたからだった気がする。言葉に対して何の愛着も友情もなく、言葉は意志を伝える手段であり道具であるというイメージしか私は持っていなかった。だから、言葉に対して感情を持ち、友人になりたいという彼の発想は衝撃で、その感性をうらやましいと思った。そして、いつかは彼のように言葉で人の心にチクリと針を刺したり、なつかしい気持ちにさせたり、軽快な気分にさせてみたい。多くの偉人たちが残す名言というものを、私も人生で一言くらいは残しておきたい、そう思った。その第一歩がこのブログである。彼の言葉を借りて言えば、こうだ。

-私は言葉をジャックナイフのようにひらめかせて、人の胸の中をぐさりと一突きするくらいは朝めし前でなければならないな、と思った。だが、同時に言葉は薬でなければならない。さまざまの心の傷手を癒すための薬に。中略 どんな深い裏切りにあったあとでも、その一言によってなぐさむような言葉。-

彼のような文章力が欲しいと言いながら、さっそく彼の言葉を引用させてもらってしまっている私。まだまだ道は遠い。ましてや名言なんて残せるのだろうか。そもそも、名言とは何なのか。それを解説するのにも、またまた彼の言葉を引用させてもらおう。

-時には、言葉は思い出に過ぎない。だが、ときには言葉は世界全部の重さと釣合うこともあるだろう。そして、そんな言葉こそが「名言」ということになるのである。-

この『ポケットに名言を』という本は、寺山修司が集めた名言集である。彼は、名言というのはその古さ新しさは関係なく、年老いた言葉を大切にするのではなくむしろその逆だと述べている。新しい言葉には、現実を変革する可能性がはらまれているからだというのだ。私もこの本を読んでから、日常の中で名言や何やら不思議な魅力を持つ言葉を集めるようになった。神経を言葉に集中させていると、何気ない会話や本の一節から、自分の価値観を180度変えてしまうような名言に出会えたり、自分の今まで持っていた価値観をさらに磨く言葉と偶然出くわすことがあるのだ。そしてそれを書き溜め、気分が落ち込んだ時や悩んだ時にこうした言葉たちから何度も勇気をもらっている。このブログを書こうと思ったのも、そうして集めた名言を誰かが見て、少しでも自分と同じように明るい気持ちになってくれたり、新しい発見をしたりしてくれたらいいなと思ったからだ。

しかしこの第一章の最後で彼は、 本当に今必要なのは名言ではないと言う。それなのに彼は自身の古いノートを引っ張り出し、集めた名言を本にした。その理由を、彼は以下のように述べている。

-まさに、ブレヒトの「英雄論」をなぞれば「名言のない時代は不幸だが、名言を必要とする時代は、もっと不幸だ」からである。 そして、今こそそんな時代なのである。-

近年、スポーツ界や経済界などで栄光や成功を手にした人達の名言集、人生の教訓本などが売れているらしい。私を始め、現代の多くの人はそうした名言に勇気をもらい、生きている。果たして、私たちが名言など必要としなくなる時代はいつ来るのだろうか。

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